第22回CAPS研究会 11/6 森口佑介先生(京都大学大学院教育学研究科)・報告

日時:11月6日(月) 15:10〜16:40(延長する場合があります)
会場:F304
講演者:森口佑介先生(京都大学大学院教育学研究科・准教授)

タイトル:がまんの発達科学

要旨:OECDなどの国際機関や,アメリカやイギリス,ニュージーランドなどの大規模プロジェクトにおいて,子どもの自己制御,実行機能,セルフコントロール能力などと呼ばれるもの(以下,セルフコントロール能力)が注目されている。具体的には,子ども期のセルフコントロール能力が,後の学力や学校適応,大人になってからの年収や社会的地位,肥満などの健康状態,犯罪の程度などを予測することが明らかになってきた。しかしながら,子ども期のセルフコントロール能力とその個人差を生み出す発達機序,とりわけ,生物学的基盤は未だに明らかではない。本講演では,課題切り替えなどの認知的側面や満足の遅延などの衝動的な側面に焦点をあて,セルフコントロール能力の発達,脳内機構,およびその支援方法について議論したい。

報告:本発表では子ども期におけるセルフコントロール能力の発達や脳内機構,個人差に関する研究成果が紹介された。

セルフコントロールには情動的側面と認知的側面の2つの側面があると示唆されている。情動的側面は,マシュマロ・テスト (子どもの前にマシュマロを1つ置き,今すぐ食べるか,少し待って2つ食べるかの選択を求める) に代表されるような欲求の抑制を反映しており,認知的側面は,課題の切り替えなどの報酬に関わらない思考の制御を反映している。さらに,OECD (経済協力開発機構) などの国際機関の報告によれば,IQや情報処理,推論といった認知的スキルだけでなく,セルフコントロールや忍耐力といった社会情動的スキルを育むことも,子どもの健やかな発達を考えていく上で重要であるとされている。ニュージーランドで行われた長期縦断研究では,子ども期にセルフコントロール能力が低いと32歳になった時に,健康面 (循環器疾患や肥満) や依存面 (タバコやお酒),経済面 (年収や貯金) などで不利益を被ることが報告されている。

これらの研究知見に加えて,森口先生らは,認知的側面に焦点を当て,切り替え課題の成績、およびNIRS (near―infrared spectroscopy; 近赤外分光法) を用いて測定した脳血流動態を3歳児と5歳児間で比較した。その結果,5歳児は成人と同程度の課題成績を示していた一方で,3歳児では,課題の達成度にばらつきがあった。また、課題を達成できていた群で見られていた右側の下前頭回 (Inferior frontal gyrus; IFG) の活動が,課題を達成できなかった群では見られなかった。このIFGは、成人においては抑制や課題切り替えといった認知的制御を担う領域として知られている。さらに,この実験に参加した3歳児に一年後にも同様の課題を行わせたところ,4歳児になると課題の達成度のばらつきは無くなっていた。興味深いことに,3歳時点で課題を達成できていた子は,両側IFGが活動していたが,3歳時点で課題を達成できていなかった子は,左側IFGにのみ局在化した活動が見られていた。

さらに,森口先生らは情動的側面にも焦点を当て,3-6歳児を対象に遅延割引課題 (今シールを1枚もらうか,後で4枚貰うかの選択を求める) を行った。その結果,年長児は年少児よりも後でシールを4枚貰うことを多く選んでいた。また,対象者を課題成績によってLow delayer (報酬を遅延できなかった子) とHigh delayer (遅延できた子) に分け,課題中の脳血流動態を比較したところ,Low delayerではIFGが活性化していたが,High delayerではIFGが活性化していなかった。さらに,Low delayerを対象に同様の課題を1年後に行ったところ,Low からHigh delayerに変化していた子どもは1年前に比べてIFGの活動が低下していた。一方で,Low delayerのままであった子どものIFGの活動は1年前と変化していなかった。

また,本発表ではCOMT (Catechol-O-methyltransferse) 遺伝子多型に関する研究知見の紹介や今後の展望として環境要因 (例; 親子のインタラクション) を含めた検討をしていくこと,セルフコントロールを高める支援方法の提案を目指していくことが報告された。

本発表では,子ども期におけるセルフコントロール能力の研究知見を幅広く紹介していただき,フロアからは子どもの言語能力や時間感覚の発達について活発な議論が交わされ,盛会にて終了した。

(文責:小國龍治)
参加者26名