第31回CAPS研究会 11/15 中村加枝 先生(関西医科大学)・報告

講演者: 中村加枝 (関西医科大学・教授)
日 時: 2018年11月15日(木) 15:10~16:40
場 所: 関西学院大学上ケ原キャンパス F号館102号教室

タイトル:背側縫線核細胞による報酬と嫌悪情報の表現とその機能の探求

要旨:
セロトニンは、ドパミンと並んで我々の精神機能を支えている重要な神経伝達物質です。実際、うつ病や抗不安薬を中心とした精神神経疾患の治療薬の多くがセロトニンに関連した作用を持っています。しかし、その具体的な作用機序については驚くほどわかっていないのが現状です。そもそも、セロトニンが報酬情報と嫌悪情報処理どちらに関与するのかさえ未解明でした。
行動課題を行っている動物の脳から個々の神経細胞の発火パターンを記録する単一神経細胞外記録は、技術的には多少訓練が必要ですが、豊富な情報を提供してくれます。実際、同じモノアミン系の神経伝達物質であるドパミンに関しては、サルにおける単一神経細胞外記録によって、中脳ドパミン細胞が、報酬や、報酬を予告する感覚刺激に短期間(phasic)の反応をし、その反応の強さは予測していた報酬と実際得た報酬の差(報酬予測誤差)に相当することが示されました。この発見はその後の報酬情報処理・学習理論に大きな影響を与えました。そこで我々は、報酬獲得行動および古典的条件付け課題を行っているマカクサルにおいて、セロトニン細胞が多く分布する背側縫線核(Dorsal raphe nucleus, DRN)の単一神経細胞の発火を記録しました。その結果、ドパミン細胞とは大きく異なる特徴的な報酬と嫌悪情報処理機構が明らかになりました。その詳細を紹介するとともに、現在進行中のさらなる展開も報告したいと思います。

◯参加に際し、文学部・総合心理科学、文学研究科・総合心理科学専攻の方の事前連絡は必要ありません。
それ以外の方は、教室変更時などのお知らせのため、道野(s.michino[at]kwansei.ac.jp)まで、ご一報いただきますと幸いです(必須ではありません)。

報告:

本研究会では、サルを対象として、報酬情報の予測におけるセロトニン細胞の機能を検討した研究に関して、中村先生にご発表いただいた。中村先生が行った研究では、報酬を獲得する課題遂行時における、背側縫線核の単一神経細胞の発火が記録された。課題では、画面の左右のいずれかに視覚刺激を一定時間呈示した。視覚刺激が消えた後、呈示された視覚刺激の方向に視線を向けると報酬(ジュース)を与えた。画面上の左右のうち一方に視線を向けると大きな報酬(多くの量のジュース)が、もう一方に視線を向けると小さな報酬(少ない量のジュース)が得られるようにした。その結果、大きな報酬が予測される視覚刺激が呈示された場合に強く応答するニューロンと、小さな報酬が予測される視覚刺激が呈示された場合に強く応答するニューロンがあり、どちらのニューロンにおいてもその発火強度が持続的(tonic)に変化した。これらの結果から、背側縫線核ニューロンは、刻々と変化する期待報酬量に関する情報を持続的・継続的にコードすることが示された。これらの結果は、ドパミン細胞が報酬予測誤差に対して示す一過性(phasic)の反応とは大きく異なるセロトニン細胞の特徴と言える。実験結果より、セロトニン細胞とドパミン細胞は、報酬予測の異なる処理に関与することが示された。

中村先生による研究では、セロトニン細胞が報酬情報の予測処理に関与することが示唆されているが、これまでの知見では嫌悪情報処理への関与が示されている。そこで、報酬情報と嫌悪情報の処理におけるセロトニン細胞の機能について検討した。実験では、画面上に視覚刺激を呈示した後に、報酬(ジュース)もしくは嫌悪刺激(エアパフ)を与えた。3種類の視覚刺激を用い、各視覚刺激に対応した確率(100%, 50%, 0%)で報酬が与えられるブロック(appetitive block)と、嫌悪刺激が与えられるブロック(aversive block)を設け、各ブロックでの背側縫線核ニューロンの発火を計測した。実験の結果、記録した背側縫線核ニューロンの半分以上において、視覚刺激呈示前における持続的な発火パターンがブロック間で変化した。この結果は、背側縫線核ニューロンは、嫌悪刺激が予測される文脈と報酬が予測される文脈を弁別していることを示唆する。さらにappetitive blockでは、視覚刺激呈示後における一過性の発火パターンが、報酬の得られる確率に伴って変化する一方で、aversive blockでは視覚刺激への反応が嫌悪刺激の与えられる確率によって変化しなかった。これらから、報酬が予測される文脈においては刺激の価値が詳細に表現されることが示された。このような背側縫線核ニューロンにおける発火パターンの変化は、情動的な文脈(emotional context)が私たちの意思決定に影響することを示唆している。

本研究会を通して、我々の意思決定・行動選択のメカニズムを解明する上で、報酬情報や嫌悪情報の予測機能に関わる神経基盤を検討することは重要な意義を持つことが強調された。本研究会では、適宜質疑に応答しながら研究をご紹介いただき、フロアとの議論も活発で盛会にて終了した。

(文責:道野栞)

参加者13名