CAPSワークショップ 10/31 木村 元洋 先生(産業技術総合研究所)・報告

話題提供者: 木村 元洋 先生 (産業技術総合研究所・主任研究員)

日 時: 2018年10月31日(火) 9:30~12:30
場 所: 関西学院大学上ケ原キャンパス F号館  402教室

タイトル:
視覚ミスマッチ陰性電位:見ることに潜む自動的予測

企画概要:
視覚ミスマッチ陰性電位(visual mismatch negativity: VMMN)は、視覚刺激系列中のルールから外れた事象(たとえば、オドボール系列における低頻度逸脱刺激)に対し、自動的に惹起することが知られる事象関連脳電位(event-related brain potential: ERP)成分です。本発表では、発表者が10年間にわたって続けてきたVMMNに関する研究について紹介します。以下のような知見を中心的に扱う予定です:(1)VMMNは、刺激特異的順応効果を反映する視覚N1成分の振幅変動と混同されやすい。VMMNを正確に計測するには、これら二つの効果を明確に分離できる実験デザインが必要となる。(2)VMMNの惹起には、直近の変化パターンに基づく、視覚オブジェクトの次の状態の予測が関与している(静的な記憶痕跡の関与のみにとどまらない)。予測された視覚オブジェクトの状態と実際の視覚オブジェクトの状態が比較照合され、不一致が検出された場合にVMMNが惹起する。(3)VMMNは、予測との不一致が検出された場合に生じる神経活動の表れであるが、具体的には、視覚皮質から前頭皮質に向かう、予測エラー信号のフィードフォワード投射を表している可能性が高い。(4)VMMNに反映される逸脱処理は、しばしば“前注意的”と表現されるように、原則として刺激駆動的に規定されている。しかし、トップダウン的な要因(たとえば、逸脱事象に関する事前知識など)の影響を強く受ける場合もあり、厳密には“前注意的”と言いがたい。(5)VMMN惹起の根底にある視覚オブジェクトの次の状態の予測は、電気生理学的現象(VMMNの惹起)を生じさせるだけでなく、行動(視覚オブジェクトの知覚)にも影響を与える。これらの知見について紹介する中で、VMMN研究の現在までの到達点や、視覚認知研究におけるVMMN研究の意義について論じるとともに、頑健なERP成分を計測するための実験デザイン上の工夫などについて語る予定です。

◯本ワークショップは、事象関連脳電位を測定している研究者・大学院生を主な対象としておりますが、必ずしもその対象者に限るわけではなく、ご興味のある方であればどなたでもご参加いただけます。ただし、ご参加希望の方は必ず前日(10月30日)までに、お名前・ご所属をご記入のうえ、参加希望の旨を真田msanada[at]kwansei.ac.jp宛でご連絡ください。申し訳ございませんが、会場の収容人数の都合により、参加募集を締め切らせていただく場合があります。ご了承ください。

 

報告 : 本ワークショップでは,木村先生が精力的に研究されてきた視覚ミスマッチ陰性電位についてお話頂いた。

聴覚刺激を用いた実験におけるミスマッチ陰性電位(MMN; mismatch negativity)に続いて視覚ミスマッチ陰性電位(VMMN; visual mismatch negativity)が発見された。しかしながら,オドボール系列における標準刺激と逸脱刺激に対するERPの差として算出されるVMMNには,高頻度に反復される標準刺激への順応によるN1振幅減衰の効果が混入している可能性があった。木村先生らの行った研究ではVMMNと視覚N1の順応効果を分離し,VMMNの存在を明確に確認した。また,その後の研究ではVMMNの惹起が記憶痕跡からの逸脱というよりはむしろ予測との不一致に規定されることを明らかにしており,脳がルールに基づき自動的な予測を行っているという説明がなされた。これと関連して,その予測プロセスが事前知識のようなトップダウン要因の影響を受けることも明らかにされた。例えば,逸脱刺激の呈示タイミングが明示的に教示された場合にはVMMNは惹起されなかった。このトップダウン抑制によって生態学的に無意味なルール逸脱の検出にリソースを配分しないようなメカニズムが想定される。本ワークショップでは,これらの知見を統合的に説明する木村先生によって提案されたモデルが紹介された。ヒトの脳は繰り返される視覚事象から自動的に予測を形成するだけでなく,知識などに基づきその予測を修正可能であることがVMMNの研究から明らかになった。最後に,電気生理現象であるVMMNと視覚現象の一つであるrepresentational momentumに密接な関係があることを示すデータが示された。この電気生理現象と視覚現象のリンクは,VMMN惹起の根底にある自動的な予測システムの存在が実際に我々の知覚を変容させていることを示している。

本ワークショップでご紹介頂いた数々の研究はいずれも精緻なデザインで実施されており,研究者がどのような態度で研究に向き合うべきかを教えて頂いた。フロアとのディスカッションは常に活発で,盛況のうちに本ワークショップを終えた。

文責:石井

参加者:20人