CAPSシンポジウム 3/1 社会性と探索行動・報告

CAPSシンポジウム:社会性と探索行動

(以下敬称略)
日時:2019年3月1日(金)15:30-17:30
場所:関西学院大学上ケ原キャンパス G号館3階301号教室

企画者:高橋良幸(関西学院大学応用心理科学研究センター博士研究員)
佐藤暢哉(関西学院大学文学部教授)

企画意図:
生物は外的環境から情報を収集するために周囲を探索する。特に野生下では、捕食者の存在を探索・検知することは個体の生存にとって重要であるし、つがいとなる同種他個体を見つけ出すことは種の維持において重要である。動物は探索行動によって、空間情報だけではなくその空間に存在する様々な情報を符号化していると考えられる。しかしながら、探索行動によって得られた情報がどのように、どのような形で処理されているのかについては未解明な部分が多く残されている。
今回のシンポジウムでは、特にラットやマウスといった齧歯類によって得られた知見をご紹介いただき、動物が探索行動によって得た情報をどのように処理しているのかについて学際的な議論を行う。心理学の枠組みを超えた領域からシンポジストをお招きし、探索行動とは何かという大きな問題について意見を交換することにより、これからの研究の学際的な方向性を示すことが期待される。

話題提供者(シンポジスト)1:
関西学院大学 博士研究員 高橋良幸
「視覚刺激誘発性探索行動における神経活動」

話題提供者(シンポジスト)2:
自治医科大学 ポストドクター 岡部祥太
「異種間の親和的な関係性はどのように構築されるのか?―ヒトとラットの場合―」

話題提供者(シンポジスト)3:
大阪市立大学 講師 北西卓磨
「海馬の空間情報を生成・伝達する神経回路メカニズム」

話題提供者(シンポジスト)4:
理化学研究所 研究員 檀上輝子
「海馬における自己の場所と他者の場所の表象」

司会者:高橋良幸

◯参加に際し,文学部・総合心理科学,文学研究科・総合心理科学専攻の方の事前連絡は必要ありません。
それ以外の方は,お手数ですが、場所・時間変更などがあった場合の連絡のため高橋良幸(fjq61112 [at] kwansei.ac.jp)までご一報いただけると幸いです(必須ではありません)。

報告
探索行動と社会性について報告者である高橋を含め、4名の先生方にご講演いただいた。
まずは報告者である高橋が企画趣旨を簡単に説明し、自身の研究について発表した。
ラットに対して視覚刺激を呈示することによって、装置内部でのラットの移動量は増加する。この移動量の増加はラットが装置内部の情報を積極的に収集しているためであると考えられる。すなわち、視覚刺激を呈示することによってラットはより多くの探索行動を示すが、その結果としてどのような情報を取得しているのか不明である。海馬場所細胞に着目し、場所情報の更新が生じている可能性について検討したが、場所特異的に発火するようなニューロン活動の記録に至っていない。行動的には明らかな変化が認められるためこのことに関与するようなニューロン活動の記録が期待される。
次に岡部先生にはヒトとラットの親和的な関係性の構築に関する研究成果をご紹介いただいた。
親和的な関係性 (特定の個体への嗜好性) はヒトだけなく他の動物 (例えば,犬や羊,馬など) にも見られる。これまでの研究は同種間での親和的な関係性に焦点を当てていたのに対して,岡部先生らの研究ではこうした関係性が異種間でどのように構築されるのかを検討されてきた。岡部先生はヒトがラットを撫でるという行為がラットの情動に及ぼす影響を調べている。ラットの超音波発声に着目し,撫でるという接触刺激を与えた際にラットが発した超音波を測定したところ,撫でるという行為はラットの心地よさや快情動を高めることが明らかとなった。また,撫でるという接触刺激を与えることにより視床下部室傍核尾側領域のオキシトシン産生細胞が活性化することも報告された。
続いて北西先生には空間をすばやく認識して記憶する神経回路メカニズムについてお話しいただいた。記憶形成の生理学的な基盤であると考えられている、シナプス伝達効率の変化(シナプス可塑性)を遺伝学的に操作し、シナプス可塑性を阻害すると、新奇環境での場所受容野の形成が遅れる。さらに、シナプス可塑性が阻害されたラットにおける場所細胞の発火タイミングは、海馬CA1領域の上流である海馬CA3領域からのガンマ波に対して位相固定が生じにくくなる。一方で、内側嗅内皮質由来のガンマ波に対しては影響がなかったため、シナプス可塑性は海馬内での特定経路の情報伝達に重要な役割を担っており、このことが素早い場所受容野の形成に必要であることが示された。
北西先生による研究では、マルチユニット記録法が導入され、特定の神経細胞における活動の計測が行われた。近年では、投射先選択的な情報出力を解明するため、光遺伝学を用い投射先の同定を図っている。今後、私たちが空間情報を認識・記憶する際に介在される神経回路についてさらなる検討が期待される。
最後に檀上先生には海馬における自己の場所と他者の場所の表象についてお話しいただいた。
海馬には場所細胞(place cell)という自己の空間位置を表象する細胞が存在する。個体が特定の場所に位置する時に発火するこの細胞は,我々が今どこにいるか認識することに重要な役割を果たしていると考えられている。では,我々は自分ではない他者の空間位置をどのように把握しているのだろうか?壇上先生からは,場所細胞が他個体の場所をどのように表象しているか調べた研究をご紹介頂いた。先生の所属される理化学研究所のチームは,ラットに他個体の位置を観察する課題を課し,場所細胞の活動を記録した。その結果,場所細胞の中には自己と他者両方の位置を表象する細胞や自己か他者かにかかわらず特定の位置で発火する細胞が存在することが明らかになった。今後,これらの細胞の存在が我々の社会性とどのようにかかわるのか明らかにされていくことが期待される。

シンポジウムには学外からも多数ご参加いただき、質疑応答においては活発な議論がなされた。なぜ探索行動が生じるのかについてはまだまだ不明な点が多いが、それを解明するための足掛かりとして、場所情報の更新や、社会的な動機づけといった要因が示されたのではないだろうか。

文責:高橋良幸、リサーチアシスタント