第34回CAPS研究会 6/20 堀田崇 先生(京都大学)・報告

講演者:堀田 崇先生(京都大学)

日 時: 2019年6月20日(木) 16:50~18:20
場 所: 関西学院大学 F号館104教室

タイトル:鏡像自己認知に関する再考:シクリッドは鏡像を何と認識しているのか?

要旨:「動物は鏡像をどのように認知しているのか?」という問いはこれまで多くの研究者を惹きつけてきた。マークテストは「鏡像を自分と認識しているのか?(鏡像自己認知)」ということを明らかにするために有効であり、類人猿をはじめ様々な分類群でおこなわれてきた。しかし、その結果の解釈については多くの意見がある。マークテストにクリアしているのは類人猿のみであり、自己鏡像認知は自己意識や心の理論とも関係しているとする研究者もいれば、他の動物もマークテストにクリアしており、そのような高次な認知機能の証拠ではないとする研究者もいる。
マークテストが多様な分類群でおこなわれるようになった一方で、「クリアしなかった」という結果の解釈についてはほとんど考えられてこなかった。しかし系統比較するうえで重要なことは、「鏡像をどのように認知しているのか」を明らかにすることである。今回はシクリッドを対象にしておこなった実験について、これまで明らかとなったことについて紹介しようと思う。

◯参加に際し、文学部・総合心理科学、文学研究科・総合心理科学専攻の方の事前連絡は必要ありません。
それ以外の方は、教室変更時などのお知らせのため、道野(s.michino[at]kwansei.ac.jp)まで、ご一報いただきますと幸いです(必須ではありません)。

報告:

2000年以降、多くの動物種を対象として鏡像自己認知に関する検討が行われてきた。鏡像自己認知について調べる有用なテストとして、よくマークテストが用いられる。マークテストでは、被験体が鏡像でしか確認できない位置にマークをつけ、鏡像に対してどのような行動を表出するのかを検討する。これまで、霊長類だけでなく、バンドウイルカやアジアゾウといった種においてもマークテストにおいて自己指向的な行動(e.g., 鏡像を通してマークされた自身の体部位にアプローチする)を示すことが確認されている。その一方で、「どのような動物種であればマークテストをクリア(自己指向的な行動を表出)できるのか」についてのまとまった見解はない。本研究会では、社会性の高い集団生活を営む魚類を被験体としてマークテストを行った研究をご紹介いただき、マークテストの結果からどのように鏡像自己認知を理解するべきかについてお話いただいた。

堀田先生は、研究1ではホンソメワケベラ、研究2ではプルチャーを被験体として実験を行われた。実験では、水槽のある側面が鏡張りになっていた際に生じる行動を観察した後にマークテストを実施した。研究1では、初日に示された鏡像に対する攻撃行動は日が経つと減少し、鏡像に向かって逆さまになって泳ぐ等の不自然な行動(idiosyncratic behaviours)が確認された。その後マークテストを実施したところ、マークをつけられた体の側面を鏡に向ける行動や、水槽の底でマークのついた部位を擦る行動が見られた。鏡像自己認知の成立には、1)鏡像に対する社会的行動(他個体とみなして攻撃する)、2)鏡像と自身の行動の同調を確認する行動、3)自己指向的な行動の3つの行動表出の過程を経るとされる。研究1で確認された行動はすべてこれらの過程と一致しており、ホンソメワケベラにおいてはマークテストをクリアできることが明らかとなった。その一方で、研究2では、プルチャーは初日に攻撃行動を示したものの、その後の不自然な行動や自己指向的な行動は示さず、マークテストをクリアできなかった。これらの成果より、同じ動物種間においてもマークテストの結果が異なることが明らかとなった。

鏡像自己認知を理解するには、その認知機能を全か無か(All-or-Nothing)ではなく、段階的に変化するものとして捉えるべきであると、堀田先生は強調された。つまり、研究2においてプルチャーがマークテストをクリアしなかったのは、鏡像自己認知の能力がないわけではなく、鏡像を自己として認識していなかったことに起因する可能性が考えられる。そこで研究3ではプルチャーを再度被験体とし、鏡像を他個体として認識するのかを検討した。被験体に鏡像を見せる群と隣の水槽にいる他個体を見せる群の行動を観察したところ、他個体に対して攻撃行動を示した一方で、鏡像に対しては他個体には示すことのない行動(鏡正面での静止行動の持続、鏡に体を擦りつける行動)が示された。これらより、プルチャーは鏡像を他個体ではない、自分の動きと同調する対象として区別して認識していると考えられる。

最後に、これらの研究成果を通して、マークテストの結果に対して客観的な視点から解釈すること、マークテストをクリアできかった個体にアプローチすることの意義についてお話しされた。本研究会では、適宜質疑に応答しながら研究をご紹介いただき、フロアとの議論も活発であった。
(文責:道野栞)

参加者:17名