第39回CAPS研究会 1/9 菅野康太 先生 (鹿児島大学)・報告

講演者:菅野康太 先生(鹿児島大学)

日 時: 2020年1月9日(木)15:10~16:40
場 所: 関西学院大学 F号館303教室

タイトル:マウスの超音波音声コミュニケーション

動物では広く音声コミュニケーションが観察され、個体間のさまざまな情報伝達に用いられている。実験モデルであるマウスでは、超音波の発声(ultrasonic vocalizations, USVs)が用いられており、特に母子間や雌雄間の文脈で顕著に観察される。成熟雄マウスは雌に対し超音波で求愛発声をすることが知られているが、2005年、マウス求愛発声に鳥類と類似した歌様構造があることが報告されて以来、マウス求愛発声はコミュニケーションの指標として、自閉症関連遺伝子改変マウスなどの様々なモデルで社会性や親和性、言語機能の研究に用いられるようになっている。

本研究会では、USVsの概説をするとともに、私の近年の研究結果から、これら音声コミュニケーションの生物学的意義について考察したい。さらに、質疑を通して動物心理学的なモデルとしての可能性などについても一緒に考えられれば幸いである。また、共同研究で開発し最近公開したUSVsの自動解析ステムなど、解析方法についても紹介したい。

◯参加に際し、文学部・総合心理科学、文学研究科・総合心理科学専攻の方の事前連絡は必要ありません。
それ以外の方は、教室変更時などのお知らせのため、高橋(fjq61112[at]kwansei.ac.jp)まで、ご一報いただきますと幸いです(必須ではありません)。

報告:

心理学においては、入力された情報がどのように「心の機能」によって処理されているのかを推測するために、処理の結果としてどのような「行動」がアウトプットされているのかを観察することが多い。どの「行動」が、研究対象である「心の機能」をよりよく反映しているのかという点は研究において一番重要な問題である。近年、動物心理学の分野においては社会的な関係性をテーマにした研究が多くみられる。菅野先生はマウスにおける社会的な関係性を明らかにするために、超音波発声(Ultrasonic Vocalizations: USVs)という行動に着目して研究を進めてこられた。ラットやマウスといった齧歯類では、社会的な関係性を構築・維持するうえでフェロモンが重要な役割を果たしていると考えられているが、菅野先生は時間分解能を考慮するとUSVsの方がよりよい指標であることを指摘されていた。USVsに関する研究は近年増加傾向にあり、今後のさらなる研究発展が期待される領域である。

マウスにおけるUSVsは仔供から母へ向けられるものや成熟オスがメスへ求愛する際に発せられるものが報告されており、菅野先生にはこの中でも後者に関するご自身の研究成果を関連する研究と一緒にご紹介いただいた。まず、マウスのUSVsはどのような特性を有しているのか、鳥類の発声との比較を通じてその行動的意味を明らかにされていた。鳥類の発声は近縁関係を強く反映した発声構造を有していることが知られており、経験によってその構造や発声様式が形成されると考えられている。一方で、マウスは遺伝的系統ごとに違う発声様式を有しており、発声様式には育ての親ではなく生みの親の形質が強く反映される。ただし、すべてが遺伝的要因に規定されるわけではなく、環境要因が寄与する要素もあるため、どの要素がどの要因に規定されているのかを切り分けることが重要であると指摘されていた。

USVsの機能については、発声の多さがセクシャルモチベーションの高さを反映していることや、発声にはドパミン神経系の活動が伴っていることなどをご紹介いただいた。特にセクシャルモチベーションに関しては、オスのマウスがメスと出会いがしらに発声していると性行動までのレイテンシーが短いこと、さらに射精後には発声がなくなることを示されていた。これらの点に関しては、USVsの時間分解能が高いという特性がよく反映されているといえよう。鳥類の発声は運動学習によって獲得される複雑な時系列情報の生成であるのに対し、げっ歯類の超音波発声は情動の表出であることを指摘されていた。

実験動物の情動を反映する行動指標としてUSVsは有用であると感じた。菅野先生が開発に関与した解析ツールもご紹介いただき、USVsに関する今後の研究発展の可能性を感じた研究会であった。

(文責:高橋良幸)

参加人数:10名