CAPSシンポジウム 2/12 戦略キックオフ 「幸せを探る:ポジティブ感情のメカニズム解明をめざして」・報告

CAPSシンポジウム
戦略キックオフ 「幸せを探る:ポジティブ感情のメカニズム解明をめざして」

日時:2016年2月12日(金) 15:00~17:00
場所:関西学院大学上ケ原キャンパス 図書館ホール
場所:場所:キャンパスマップ:http://www.kwansei.ac.jp/pr/pr_001086.html
場所:※図書館ホールへは関西学院大学図書館エントランスホールにある階段を降りてください。
司会:大竹恵子(関西学院大学文学部)
登壇者:島井哲志(日本赤十字豊田看護大学)
登壇者:堀毛裕子(東北学院大学教養学部)

報告:

・島井哲志先生(日本赤十字豊田看護大学)
「幸福の介入実践から期待される基礎研究」

2011年3月11日に発生した東日本大震災による被害は甚大であり,とくに福島第一原子力発電所の事故は人々に多くの影響を与えた。その中でも放射線の問題は大きく,福島県における内部被ばくのアセスメントや研究結果,災害後のストレス研究の役割などについて報告いただいた。同事故による災害は,広範囲にわたる汚染が引き起こされたことで潜在的な危険への曝露となり,慢性的なストレスを人々にもたらす。そして,災害によって生じた直接的な苦痛,安全な場所や安全の感覚の喪失,個人やコミュニティの資源喪失などから,様々な状況において対処することが困難になる。災害後の介入における原則(Hobfolll, 2007)に準じて考えると,「安心できる場所や情報などの効果的な介入」,「生活の平穏化とリラックス」,「地域と自己効力感」,「きずなと希望」の向上に向けて介入の方向性を決めることが重要と考えられる。介入を行うにあたって同事故による被ばくの現状を明らかにする必要があり,内部被ばくのアセスメントとして重要なことは外部と内部の被ばくを測定・管理することである。しかし,同事故の直後では内部被ばくをモニターするための公的な体制が整っておらず,市民活動による支援・援助から測定する機会を得て,内部被ばくに関連する可能性のある生活習慣のアセスメントについて検討を行った。生活習慣として,睡眠,食品,運動・課外活動,ストレス,飲酒などについて調査を行った結果,自家製の食物を摂取している人は内部被ばくが基準値以下(not detected),年配者では他の年代に比べて食品選択に対するこだわりが少ない,年少児を持つ親世代は運動や課外活動を回避する傾向がある,ストレス・悩み・不安は全国調査よりやや多い,という結果が示された。以上のことから,福島県で生じている広域汚染は低濃度であり,それが安全だという社会的説得・ストレス対策・リスクコミュニケーションからの検討・福島県への支援,など多くの要因についての対応が不十分であることを指摘した。ストレス対策を検討する中で,福島県の子どもの発達的な心身状態に懸念があることが福島大学のチームの研究結果によって示されたことから,ストレス対策ではなくポジティブ介入を母親に実施する必要性が考えられた。ポジティブ心理学の主要な内容や介入について知識を学ぶ機会を設けてファシリテーターを養成後,ポジティブ介入を母親に実施することで心身状態の向上を目指す研究が行われていることを報告いただいた。会場では,福島県が震災当時から現在まで直面している問題について主に健康心理学・ポジティブ心理学の観点から実施されている介入やその効果について議論が行われた。


・堀毛裕子先生(東北学院大学)
「人間のポジティブなちからを考える」

人は「幸せ」な気分,「幸せ」になりたい,など,「幸せ」という語を用いて感情を表現するが,そもそも幸せが意味するものや定義とはどのようなものなのだろうか。アリストテレスの考える「幸福(eudaimonia / エウダイモニア)」とは自分の能力をフルに生かした人生を送ることであるが,エピキュロスは快楽であると言い,東洋的な考え方においては平常心や穏和な心が幸福とされる。また,大学生を対象に「幸せ」についての自由連想法を行った研究(Lu & Gilmour, 2014)では,アメリカではドキドキ(excitement)や強い感情(intense feeling)などが多く,台湾では穏和な気持ちといった比較的穏やかな感情が多く収集されたことから,同じ語であっても概念に文化差が見られることを報告いただいた。また,well-beingが人に感謝することで高まるかどうかを検討した相川の報告(2015)によると,日本人・アジア人は感謝すると負債感が高まるが,感謝感情がスキルを通じて感謝行動となり,相手の感謝感情を生むという向社会的行動が対人関係の維持に繋がり,結果としてwell-beingが保たれると考えられている。以上のことから,「幸せ(他の語で概念でも同様に)」の解明を目指すためには文化心理学的視点(概念自体の文化差の理解)が必要という指摘がなされた。次に、幸せの多面的理解のために健康生成論アプローチ(健康の回復・維持・増進の観点からの知見・知識の仮説的体系)における中心的な概念である首尾一貫感覚に着目した研究を報告いただいた。首尾一貫感覚は把握可能感(認知的側面),処理可能感(行動的側面),有意味感(動機的側面)から構成されている。社会的逆境(喪失体験・社会的被害体験・自然災害による被災体験など)の経験と首尾一貫感覚や外傷後成長などについて,web調査により約4000名のデータを収集した(東洋大学HIRC21)。その結果,首尾一貫感覚は年代が上がるごとに得点が高く,もっとも辛い社会的逆境が「いじめ・嫌がらせ」である群に比べて「親しい人との死別」において得点が高いことなどが示された。他の研究では,一般成人に比べて乳がん患者において得点が高いことも見出されている。逆境からの立ち直りは,立ち直りの程度が高いほど首尾一貫感覚の得点も高いことが示されたが,外傷後成長得点は「完全に立ち直っている」よりも「ほぼ立ち直っている」において高い得点であった。いずれの逆境においても立ち直りには首尾一貫感覚の影響が大きいことが示され,逆境によって心理的影響が異なることが明らかとなった。次にポジティブな介入について行った研究について報告いただいた。介入が必要な場面はさまざまであるが,そのうちの1つとしてがん患者への介入があげられる。さらに乳がんは他のがんよりも長期にわたって再発や転移の可能性が高いために悩みや不安がより強いことから,QOLの向上のためにもポジティブ心理学的介入の期待は大きい。乳がん患者の術後の入院中に,病気体験の自由な話し合いや退院後の生活に関する簡単なオリエンテーションと合わせてポジティブ介入を行った。ポジティブ介入においては,心理教育に加えて日々のポジティブな出来事に注意を向ける「よいこと探し」あるいは些細な行動をおこなう「親切行動」のいずれかのポジティブ課題を用いた。その結果,介入に参加しなかった患者は手術から約1年後に状態不安・敵意・怒りが増加,首尾一貫感覚が減少することが示された。この結果は,ポジティブ介入によってネガティブな感情の増加やポジティブな感情の減少を抑制することができることを示したものである。研究全体を通して,ポジティブ感情が心身の健康やさらには幸せにつながる効果を持つと思われるものの、ポジティブ感情自体の文化的差異やポジティブ感情が幸せに影響する経路そのものが文化により異なる可能性を検討していくことは,今後の研究の発展につながるという結論で締めくくられた。会場では,感情の定義や尺度の文化差,同文化内においても定義などに違いが見られることをどのように解釈し,解明していくことが可能なのかということついて等,議論が行われた。

160212

参加者29名(うち教員9名)
(文責:大森駿哉)