第9回CAPS研究会 6/2 西口雄基先生(東京大学)・報告

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講演者: 西口雄基先生 (東京大学学術研究員)
日 時: 2016年6月2日(木) 15:10~16:40 (延長する場合があります)
場 所: 関西学院大学上ケ原キャンパス F号館401号教室

タイトル:抑うつ的注意バイアスの測定と修正

要旨:
 うつ病は大きな社会的損失をもたらす精神疾患として知られており、現在うつ病に対する有効な治療・予防策が希求されています。うつ病のキーファクターとして近年注目されているのがネガティブな情報に対する偏った注意である抑うつ的注意バイアスで、先行研究では抑うつ的注意バイアスがネガティブな気分を持続させたりネガティブな内容の反復的な思考(反芻思考)を増加させたりしていると議論されています。そこで、注意バイアスに介入することで抑うつなどの精神疾患を軽減しようという目的で開発されたのが注意バイアス修正法(ABM)という手法です。現状ではまだ抑うつに対する治療効果は不安定で改良が必要な手法ですが、将来の臨床応用が大いに期待されています。
 私の研究では、ABMにトップダウンな注意のコントロールを導入して注意バイアス修正の効果を高めることに成功しました。本講演ではこのABMの改良に関する研究の紹介を行うほか、ABM開発のために行ってきた抑うつ的注意バイアス自体の性質に関する研究についても併せて紹介いたします。

 参加に際し,文学部・総合心理科学,文学研究科・総合心理科学専攻の方は事前連絡は必要ありません。
それ以外の方は,お手数ですが、場所・時間変更などがあった場合の連絡のため(mkobayashi[at]kwansei.ac.jp)までご一報いただけると幸いです(必須ではありません)。

 

報告:

 抑うつにおいては,ネガティブ体験→認知の歪み→抑うつ気分・症状が生じるという認知の歪みを媒介とした認知モデルが提案されている。そこで,本研究では認知の歪みの中でも,情報処理の初期過程である「注意」に着目し,認知の歪みのメカニズムを注意の面から検討を行った。
 まず,抑うつ傾向が高い人はネガティブ情報に注意を向けやすいとされるが,特にどのようなネガティブ情報に注意を向けやすいかを初めに検討した。このようなネガティブな情報に対する偏って注意を向けやすい現象は注意バイアスと呼ばれる。研究1としてネガティブ情報が人物を形容するかどうかを操作し,抑うつ傾向とネガティブ情報の注意バイアスを調べたところ,人物形容ネガティブ語のみで注意バイアスが確認された。この結果は,注意バイアスが意味的処理に依存している可能性を示唆している。
 ついで,研究2では,注意バイアス修正法(Attentional Bias Modification; ABM)における明示的教示の影響を調べた。ABMとは,ネガティブ刺激に対する注意を向けないようにトレーニングを行うことで,注意のバイアスの修正を試みる手法である。これまでの研究では,ABMによって注意バイアスを修正できたかどうかは,トレーニングで用いた課題によって測定しており,ABMの効果が当該課題の限定的なのか,それとも注意バイアス自体に有効であったかが不明であった。加えて,トレーニング課題(Dot probe課題)の詳細な内容を明示的に教示することが有効かも合わせて検討した。その結果,明示的に教示した場合にのみ注意バイアスは修正され,さらに,トレーニングで用いていない注意課題(Gap-Overlap課題)における注意バイアスも修正されていた。このことは,意味的処理に介入することが注意バイアスの修正に有効であることを示唆している。
 研究3, 4では,抑うつ的注意バイアスが注意の焦点範囲を縮小させるかどうかをDigit parity課題を用いて検討した。その結果,抑うつによってネガティブ情報注意の焦点範囲が狭くなるという注意バイアスは確認されなかった。その一方で抑うつによって,ポジティブ刺激に対する注意バイアス(ニュートラル刺激よりもポジティブ刺激へ注意を向けやすい)が減少することが示された。この結果は,抑うつではポジティブ刺激への回避が生じるというこれまでの知見とも一致し,抑うつ傾向の高さがポジティブ情報への注意の焦点範囲を狭くしている可能性を示している。また,研究5として,ポジティブ情報への注意バイアスを生じさせることが困難であるという結果もご報告いただいた。
 このように,本発表では抑うつにおける注意の特徴の詳細を注意バイアスとして示す研究だけではなく,その注意バイアスの修正という介入技法の研究もご紹介いただき,基礎から応用を目指すという異常心理学研究の好例だと言える。本研究の基礎的側面,応用的側面についてそれぞれフロアとの活発な議論が行われ,有意義な発表であった。

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参加者18名
(文責:小林正法)