CAPS講演会 6/24 入戸野宏先生 (大阪大学大学院人間科学研究科・教授)「『かわいい』の心理科学—最近のトレンドと今後の展望—」・報告

入戸野先生

講演者: 入戸野 宏 (大阪大学大学院人間科学研究科・教授)
日 時: 2016年6月24日(金) 13:00~15:00 (終了時間は目安です)
場 所: 関西学院大学上ケ原キャンパス F号館302号教室

タイトル:「かわいい」の心理科学 —最近のトレンドと今後の展望—

要旨:
私たちの身の回りには,「かわいい」という言葉があふれています。もともと少女を主体とするサブカルチャーであったものが,今では日本を代表するポップカルチャーとして市民権を得ています。心理・行動科学の分野では,ベビースキーマ(Kindchenschema)という概念が70年以上前に提案されました。「幼い動物の身体的特徴をかわいいと感じるのは本能である」という動物行動学の発想に基づき,実証的な研究も数多くなされてきました。しかし,最近では,ベビースキーマを超えて「かわいい/cuteness」の概念を見直そうという動きが,日本だけでなく海外でも起こっています。今回の講演では,「かわいい」とは何か,「かわいい」と何がよいのか/悪いのかについて,最新の知見を交えて紹介します。また,7年間にわたり研究を続けるなかで感じた日本と海外における温度差とその変化の兆し,産学官の取り組み,今後の方向性などについても語ります。

講演者のウェブサイト:http://cplnet.jp

※ポスターはこちら(PDF形式)

参加に際し,文学部・総合心理科学,文学研究科・総合心理科学専攻の方は事前連絡は必要ありません。
それ以外の方は,お手数ですが、場所・時間変更などがあった場合の連絡のため大森駿哉(somori[at]kwansei.ac.jp)までご一報いただけると幸いです(必須ではありません)。

報告:
今回の講演会では,「かわいい」という概念について,背景・語の意味・原点・感情としての側面・モノづくり・今後の展開,の6つのトピックに沿ってお話しいただいた。

我々にとって「かわいい」という言葉は非常に身近なものであるが,その意味は世代や社会集団によって大きく異なり,明確に定義づけることが難しい。社会学では,2人以上が「かわいい」とする対象が「かわいい」ものであるとされているが,これは十分な説明であるとは言えない。「かわいい」を予期・制御・創造しようとするのであれば,明確な定義が必要と考えられる。
そもそも,辞書による定義や歴史的観点から,「かわいい」はもともとモノの属性を表す言葉ではなく,個人がある対象へ抱く感情についての形容詞であることが示されている。「かわいい」という言葉が持つ印象を明らかにするため,大学生を対象とした調査を実施した結果,「頼りない」「弱い」などの印象が強いことが示された。さらに,片仮名で表記された「カワイイ」は「目を引きやすいが親しみにくい」という印象を持ちやすいのに対し,平仮名で表記された「かわいい」はより広い人々に受け入れられる無難な表現であることが示された。また,男性よりも女性の方が「かわいい」への感度が高く,男性も「かわいい」をポジティブに評価しているものの,積極的に「かわいい」と言わないことも明らかにされた。
かわいさの原点として,Lorenzのベビースキーマ(幼い動物の身体形状)があげられるが,この概念はLorenz自身がかわいいと感じた経験による特徴を列記したものにすぎない。そこで,様々な単語に対する「幼さ」と「かわいさ」の評定値の関係について調査した結果,両者には中程度の正の相関がある一方で,「幼い」と評定されなくても「かわいい」の平均評定値が最も高かった「笑顔」や,一般的には理解しがたい特殊な「かわいい」も存在した。このことから「かわいい」は刺激駆動的な現象でないことや単純接触効果など過去の経験の効果もあることが示唆された。さらに,対象へのかわいさの評定値は,「近づきたい」「そばに置いておきたい」という項目の評定値と正の関係にあったことから,「かわいい」は養護や保護ではなく,接近動機と関係することが示唆された。
このように「かわいい」を感情として扱うことで,主観・行動・生理の変化から「かわいい」を実証的に研究し,説明することが可能となる。例えばこれまでに,「かわいい」ものは快と評定され長く見つめられることや,ベビースキーマが笑顔を誘い大頬骨筋の反応を生じさせることが示されており,「かわいい」ものはポジティブな感情を引き起こすことが明らかとなっている。さらに,幼い動物の写真による「かわいい」の効用を検討したところ,手先の細かい動きが要求される課題での慎重さや成績の向上に加え,視覚探索課題でも大域優先性が消失して成績向上が確認された。このことから,「かわいい」ものは細部に注意を向けさせると考えられる。
その他,モノづくりの観点から,「かわいい」という言葉にこだわらずに「かわいい」感情の特性を生かしたサービスやモノづくりを行うことの重要性について,笑顔・丸み・色などの要素についての主観評価や生理データを示しながら報告いただいた。また,国外で初めてベビースキーマ以外の「Cuteness」に関する論文が掲載され,「Cuteness」概念は拡張しつつあるといえるが,国内におけるより包括的な「かわいい」とのズレは依然として存在することを述べられた。今後の展開として,実験心理学による「かわいい」の研究は,言葉を超えて人間の本質を探求し,普遍性を理論化することが役割であると示唆し,講演を締めくくられた。質疑では,ポジティブ感情における「かわいい」の位置づけや他の感情との区別,「かわいい」以外の「かわいい」要素を含む表現との違い,海外との文化的な差異による違いなど多くの活発な議論が行われ,有意義な講演会となった。

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参加者25名(うち教員5名)
(文責:大森駿哉)